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27th January 2012

Quote with 12 notes

特にあの「福島原発20キロ圏内の世界」の写真はそうでした。言葉のみでは表現できない世界にカメラを向けた。あの20キロ圏内の写真を公開するかどうか、約一か月間悩みましたが、南相馬市の桜井市長のこの言葉が私に決断させた。「野口さん、あの原発事故で真っ先に逃げたのはマスコミなんですよ。真実を伝えるべきマスコミが逃げたのですから現場で起きている事が世間に伝わらないのは当たり前の事なんです」。

予想通り、写真の公開には賛否両論、様々な意見が寄せられました。「生々しすぎる」「子供が見たらトラウマになる」「見せればいいというものではない」「牛を死なせなければならなかった牧場主の気持ちを考えているのか」など。

またこれも誤解されましたが、私は原発反対を叫ぶためにあの写真を公開したわけではありません。ただ、今後、日本社会がどのような舵とりをするのかは分かりませんが、しばらくは原発に頼っていかなければならない現状もある。火力発電なり、また天然ガス、また新たなエネルギーに移行するとしても、それなりに時間が必要とされる。どうであれ、しばらくは原発に頼っていくとするのならば、私たちは原子力なるものを知る努力を怠ってはならないし、危機感に関しても時間の経過とともに関心が薄まるのではなく、危機感を維持していかなければならない。人々は危機感を維持するのが苦手だ。危機感を維持するためにはエネルギーも必要とするし、また精神的な苦痛や負担から逃れるために意図的に目を反らすことさえある。

そして気がつけば多くの人が、原発事故に対しどこかで他人事のようになっているような気がする。特に原発周辺の人々と全国とでは限りなく温度差が広がっている。それは私自身もそうでした。しかし、あの現場に訪れあの世界を見てしまった。見てしまったが故の葛藤もある。あの悍しい事故を二度と繰り返さないためにもあの現場の世界を一人でも多くの方々に見てほしかった。その上で私たちがエネルギー問題にどのように関わっていくのか。

またそもそも論として私たちがどのような生活を「幸せ」と捉えていくのか。ここが一番大切なテーマ。今まで通りの成長を目指していくのか、または必ずしも成長にはこだわらないのか。そのポイントを抜きに原発の存在の有無を議論してもさほど意味がないように感じます。

また安易に色分けしたがる風潮にも違和感を抱いてきた一年間でもありました。「あなたは脱原発ですか、それとも原発推進派ですか」とまるで踏み絵を踏ませるかのような。一昔前は「右翼」「左翼」と人を色分けしたがる傾向がありましたが、考えてみたら人の哲学や思想をそう簡単に「右」か「左」などと色分けできるわけがない。人も社会ももっと複雑だ。

環境問題にしても「保護か」「開発か」といった議論展開をよく見かけますが、人が生きていく以上は時に開発しなければならない。しかし、その分、どれだけ自然環境に対しフォローができるのか、そのバランスだろう。「開発か、保護か」、「白か黒か」「100か0か」と言った二者択一ではない。

原発に関しても環境保護団体の中にも意見が分かれたりする。例えば気候変動について研究している学者や環境活動家の中からは、「火力発電所は温室効果ガスを多く排出する。原子力発電こそが地球温暖化対策だ」といったような意見も出れば、その反面、「核のゴミはどうするのか」「放射能が漏れたら大気も水も汚染される」といった指摘をする環境保護団体も多い。この分かれる意見に対し、どちらが「正しいのか」「正しくないのか」といった議論になりやすいが、私はそのどちらにも一理あると思う。

また忘れてほしくないのは、多くの国民が支持し誕生した鳩山政権。鳩山由紀夫氏の事実上の国際公約となったマイナス25パーセント。本当にマイナス25パーセントなど実現できるのだろうかと心底驚き調べてみたらマイナス25パーセントへの根拠は「原発」だ。約三割のエネルギーを原発に頼ってきましたが、原発の依存度を三割から約五割に引き上げる事を大前提にした上でのマイナス25パーセントであった。これは別に隠ぺいされていた情報でもない。報道されていた情報でもあり、また民主党関係者にも確認しましたが異議はなかった。つまり鳩山政権、また鳩山氏のマイナス25パーセントを支持していた人たちは結果的にさらなる原発依存を了解していたということになる。「そんな事は知らなかった」と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、その気になれば情報はいくらでも集まる。大切な事は物事を多角的に捉える思考回路。その上で何が本当に正しいのか、人それぞれが熟慮を重ね、周り云々ではなく自分自身の答えを見つけていけばいい。

話は戻りますが、安易に色分けしたくなるような社会の風潮があるとするのならば、社会が社会の限界を作り、また社会自らが思考停止状態を作っているような気がしてならない。

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